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週刊金融財政事情 2021年6月29日号 掲載記事
隣の金融機関

リレーションシップ重視の「証券業界の金融機関」

農林中金総合研究所 主任研究員 古江晋也

農林中金総合研究所
主任研究員

古江晋也

 東京都中央区日本橋茅場町に本店を置く東京証券信用組合(預金残高1057億円、貸出金残高174億円、1店舗、役職員数22人、2021年3月末時点)は、証券会社、証券関連団体、証券会社役職員、一般投資家などを組合員とする業域信用組合である。同組合が提供する金融商品は、大別して①証券会社への事業性融資、②一般投資家向け融資、③証券会社従業員への個人ローンがある。

 まず、証券会社への事業性融資は、設備資金ではなく、資金繰り融資のことを指す。通常、証券会社の経理部門は一日の取引が終了すると資金繰り管理を行うが、顧客分別金信託の管理を含めた資金の過不足は日常的に起こり得る。また、株式相場が大きく変動した場合は、取引顧客の収支状況の見通しがつきにくくなるため手元資金を多めに確保しておきたいと考える。

 こうした資金需要に対して、同組合は即日の短期無担保融資(数億円単位を1週間から10日ほど)で対応することができる。「フェイス・トゥ・ フェイス」をモットーに、担当職員が証券会社の経理担当者と常に連絡を取り合っているためだ。

 かつて同組合は、主になじみのある証券会社と取引していたが、15年6月から理事長に就任した八尾和夫氏は、新規見込み先や、組合員であっても取引がなかった証券会社にも積極的にトップセールスを実施。その結果、外国為替証拠金取引、貸付型クラウドファンディング、ダークプールなどを得意とするような新興証券会社とも取引が始まることとなった。

 一般投資家向け融資には、証券担保ローンとストックオプション融資があるが、いずれのローンの利用者も、主に組合員の証券会社からの紹介である。組合では一般投資家に対してもフェイス・トゥ・フェイスで向き合う。例えば、20年3月末のコロナショック時に時価割れに陥った証券担保ローンの利用者には、担保をすぐに売却して融資を回収するようなことはせず、個別事情に応じて返済条件を変更した。その後、相場が反転したこともあり、投資家は時価割れの状態を解消できたのみならず、相場上昇による恩恵にあずかったケースもあったという。

 個人ローンについては、証券業界の役職員に利用を限定することによる「低金利」が売りである。同組合は、各証券会社の経営者に対し、「福利厚生の拡大」「従業員の突発的な資金需要にも対応可能」といったことを強調したセールスを展開している。

  証券業界では、デジタル化の急速な進展を受け、伝統的な店舗営業を行う証券会社が苦戦する一方、ネット証券が業容を拡大するなど競争環境が厳しさを増している。こうしたなか、フェイス・トゥ・フェイスを重視しながら、「証券業界の金融機関」として業界の発展に貢献することを目指す同組合は注目に値しよう。

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