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農林中金総合研究所「金融市場」2021年1月号に掲載されました。
金融機関の新潮流〈第26 回〉

フェイス・トゥ・フェイスを重視する東京証券信用組合

古江 晋也

要旨

 東京都中央区日本橋茅場町に本店を置く東京証券信用組合は証券会社、証券関連団体、証券会社役職員、一般投資家などを組合員とする業域信用組合である。同組合は「証券業界の金融機関」というポジショニングから、証券会社向け無担保融資、証券担保ローン、ストックオプション融資などのユニークな商品を取り扱っている。今日の証券業界は、異業種からの新規参入の増加やデジタル技術の急速な進展など、競争環境は厳しさを増しているが、同組合は協同組織金融機関に欠かせないフェイス・トゥ・フェイスによるコミュニケーションを重視しながら、今後も「証券業界の金融機関」として業界の発展に貢献していくことをめざしている。

はじめに

写真1 東京証券信用組合入り口

写真1
東京証券信用組合
入り口

 東京証券信用組合(2020年9月末、預金残高1,006億円、貸出金残高155億円、1店舗、役職員数24人)は東京証券取引所にほど近い東京証券会館に本店を構える業域信用組合である。組合員は証券会社、証券関連団体、証券会社役職員、一般投資家などであり、「証券業界の金融機関」として証券会社向け無担保融資、証券担保ローン、ストックオプション融資などユニークな商品を取り扱っている。
 1955年に設立された当初は、東京証券取引所内に店舗を構え、東京証券取引所職員や証券会社社員が取引所購買部で家電製品や洋服などを購入する際のファイナンスやサービスを提供していた。
 その後、高度成長期を迎え、証券業界が活況を呈するようになると、証券会社は運転資金を求めるようになった。ただ当時の地場の証券会社は零細な会社が多く、高利貸しから資金調達するケースもあった。そこで東京証券信用組合が事業性融資をも担うようになった経緯がある。

証券会社への事業性融資

写真2 東京証券会館

写真2
東京証券会館

写真3 東京証券取引所

写真3
東京証券取引所

 東京証券信用組合が提供する金融商品は大別して、①証券会社への事業性融資、②一般投資家向け融資、③証券会社従業員への個人ローンがある。
 まず、証券会社への事業性融資とは設備投資ではなく、資金繰り融資のことを示す。証券会社の経理部門は一日の取引が終了すると資金繰り管理を行うが、通常の資金の過不足以外にも、株式市場が大きく変動した場合は、取引顧客の収支状況の見通しがつきにくくなるため手元資金を多めに確保しておきたいと考える(この資金繰り管理には、分別管理制度(注1)に基づく顧客分別金信託の管理も含まれる)。
 そこで証券会社は、金融機関から短期の事業性融資を受けることになるが、銀行から事業性融資を受ける場合は、当座預金の枠内で担保を差し入れるケースがある。しかし、東京証券信用組合は「フェイス・トゥ・フェイス」をモットーに担当職員が証券会社の経理担当者と常に連絡を取り合い、月次の財務データも把握していることから、短期無担保融資(数億円単位を1週間から10日ほど)を即日で行うことが可能である。そしてこの資金繰り融資が同組合のメイン業務となっている。
(注1)証券会社は日々顧客と取引を行うが、顧客から預かった資産(分別金)は証券会社の資産とは別に保管される。これが分別管理制度であり、同制度によって顧客は証券会社が廃業や経営破綻した場合でも資産の返還を受けることができる。証券会社は通常、顧客から預かった分別金を信託銀行に信託している(顧客分別金信託)。

新興証券会社へのトップセールス

 一方、証券業界では98年に金融システム改革法が成立し、証券業が免許制から登録制へと移行したことから、新規参入が相次いだ。ただ最近までの東京証券信用組合は「従来からのなじみの証券会社」との取引に注力しており、新たに台頭したネット証券などへのアプローチには積極的ではなかった。そこで15年6月に理事長に就任した八尾和夫氏は、ホームページをリニューアルしたり、組合の事業内容が一目でわかるパンフレットを作成したりするとともに、新規見込先や組合員であるが取引がなかった証券会社にも積極的にトップセールスを実施することにした。
 その結果、現在では外国為替証拠金取引、融資型クラウドファンディング、証券会社が証券取引所外で投資家の売買などを取り持つダークプールを得意とする新興証券会社とも取引が始まることとなった。
 また組合では、役職員がこれまで以上に情報共有を密にするとともに、さまざまな勉強会や意見交換会などにも参加することで、新たな金融分野に対する「アンテナを張る」ことにも注力するようになった。

一般投資家向け融資

写真4 右から八尾和夫理事長、武川学常勤理事

写真4
右から八尾和夫理事長、武川学常勤理事

写真5 テラーカウンター

写真5
テラーカウンター

 一般投資家向け融資には、証券担保ローンとストックオプション融資がある。
証券担保ローンの利用を希望する投資家は、主に証券会社からの紹介案件である。大手証券会社の場合であれば、自社のプライベートバンキング部門などに顧客をつなぐことになるが、証券会社の中には同部門を擁していないところもある。そこで証券会社は組合を紹介する。また最近では、ネット経由で「証券担保ローンを利用したい」という問い合わせも増えているという。
 かつての証券担保ローンは顧客から紙ベースの株券を預かっていたが、ペーパーレスとなった現在では、証券保管振替機構を通じて組合に顧客の株券を振り替えてもらい、返済が終了すると、再振替する。組合では15時に取引が終了すると証券担保ローンを利用している全顧客の貸出金残高と担保価格の状況を確認し、担保割れが生じた場合は、期日内に追加で担保を差し入れてもらうか、借入金を返済してもらうことになる。
 ただ、組合は組合員と常にフェイス・トゥ・フェイスで向き合うことを重視しており、返済を猶予してほしいという申し出があると、具体的な返済計画などを融資審査会で検討し個別に対応している。このスタンスは、「コロナショック」の時にも適用され、時価割れに陥った投資家に対しては、すぐに担保を売却することで融資の返済に充てることなく、じっくり取り組むことにした。その後、相場が反転したこともあり、すべての時価割れに陥った投資家も時価割れの状態を解消することができたという。
 一方、ストックオプション融資は、ストックオプションの権利を付与された役員や会社の創業メンバーが、権利を行使する際に必要となる株式購入資金を融資するローン商品である(返済期間は1か月以内)。取り扱う金融機関が少なく、希少性があるためか、検索エンジンで「ストックオプションローン」という言葉を検索すると、組合の商品が上位にランクインされることから、メールや電話による問い合わせも少なくないという。

証券会社従業員向け個人ローン

 設立当初の東京証券信用組合は、個人ローンがメイン商品であったが、その後は証券会社向け事業性融資のウェイトが高くなり、2015年度の個人への貸出金残高は14億円となった。しかし、経営戦略上、証券会社への事業性融資は取引の拡張性が限定されていることと、証券業界の役職員に利用を限定するとデフォルト率が低く、保証料率も低いことがわかった。そこで八尾氏は各証券会社の経営者に「従業員の可処分所得の向上」「福利厚生の拡大」ということを強調したセールスを展開。すると社内イントラネットで組合の個人ローン商品を発信する証券会社も増加するようになり、19年度には28億円まで拡大することになった。

1,000 億円を突破した預金残高

(資料)東京証券信用組合ディスクロージャー誌

(資料)東京証券信用組合ディスクロージャー誌

 図表1は東京証券信用組合の預金残高(預金積金残高+譲渡性預金)と貸出金残高の推移を表したものである。まず、貸出金残高の推移は、トップセールスによる新興証券会社の利用拡大に加え、一般投資家向け融資や証券会社従業員向け個人ローンにも力を入れてきたことから貸出金残高は3年間(17年9月期から20年9月期)で20億8,700万円増加した。
 ただ、貸出金残高以上に注目されるのが預金残高の増加であり、20年9月末には1,006億4,500万円と1,000億円の大台を突破した。この理由は近年、証券会社が信託銀行に支払う信託報酬(分別管理制度に伴う顧客分別金信託)が、信託銀行に預ける預金利息を上回るようになり、信託銀行から預金金利が高い組合に再預託するようになったからである(日銀のマイナス金利政策導入以前は、預金利息が信託報酬を上回っていたため、組合に再預託を行っていなかった)。
 組合では「再預託も証券会社のニーズである」との経営判断から、経営コストを削減することで対応しているが、長引く日銀のマイナス金利政策は証券業界にも大きな影響を与えていることがわかる。

おわりに

 以上、東京証券信用組合の経営戦略をまとめてみた。
 証券業界は異業種からの新規参入の増加やデジタル技術の急速な進歩を受け、伝統的な店舗営業を展開していた中堅証券会社が廃業する一方、ネット証券が業容を拡大するなど競争環境が厳しさを増している。このような中、今日の東京証券信用組合は、既存の証券会社への資金繰り融資に加え、トップセールスによる新興証券会社との取引を拡大したり、一般投資家向け融資や個人ローンにも注力したりするなど、取引の幅を拡大するようになった。
 八尾氏は協同組織金融機関に欠かせないフェイス・トゥ・フェイスによるコミュニケーションを重視しながら、今後も「証券業界の金融機関」として業界の発展に貢献していくことをめざしており、そのことが「業域信用組合の存在意義」であることを強調する。