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業界誌「しんくみ」(2月号)寄稿

「業域信組の生きる道」  
理事長 八尾 和夫

【特徴的な当組合の業務内容】

 東京証券信用組合は、証券界およびその関連業界という限定した業域で金融事業を展開する典型的な業域信用組合である。しかし、以下のとおり、その業務内容は金融機関としては、かなり特徴的である。
 最も基本的な業務は証券会社への融資であるが、設備資金ではなく、証券会社が顧客取引の過程で生じる資金の出入りの変動をならす、いわゆる資金繰り融資(証券金融)である。たいてい返済の目途がはっきりしているので、短期ではあるが、億円単位の融資を無担保で実行する。時には朝一番の申込みに即日融資することもある。
 もう一つ当信組ならではの業務として、個人投資家向けの証券担保ローンやストックオプション行使資金の融資がある。担保証券の価格は当然変動するので、掛目など担保価値の管理、また稀には市場での担保処分など職人的な繊細な対応も求められる。
 このほか、証券従業員向けに、カードローンなど個人向け融資も扱っているが、新規借入を慫慂するのではなく、高金利からの借換えによる可処分所得の増加、即ち従業員の福利厚生の役割を果たすことを旨としている。
 預金については、証券各社から切実な預け入れニーズがあり、経営体力の許す範囲で大口預金の受け入れに努めている。融資のみならず、預け入れニーズに応えることも業域信組として果たすべき重要な任務と認識している。

【顧客を知り、顧客に知ってもらう】

 当信組も、全般的な金余り現象の中で、マイナス金利政策による利鞘圧縮により、厳しい経営環境を余儀なくされている。そうした中で金融機関として生き残っていく鍵は、如何に顧客に必要とされるかである。そもそも、業域信組は、営業基盤である業界の役に立たない限り存在意義はない。その結果として、利益が出て事業継続が可能となる。顧客本位はあまりにも当然の、創設以来の基本理念だ。
 顧客の役に立つためには、変化する顧客ニーズの的確な把握が大前提である。当組合では、トップから営業担当に至るまで、それぞれの段階で得られた顧客情報をシステマテチックに組織全体で共有し、次のアクションに効果的に活かすことを目指している。
 同時に、当信組の金融サービスの内容を、多くの顧客に知ってもらわないことには、顧客からの「こうして欲しい」との声に繋がらない。地道な訪問によるセールストークを基本に、パンフレット作成やホームページの充実、さらにSNSの活用も現在検討している。
 既存先向け融資の伸び悩みをカバーするには新規取引先の開拓が不可欠である。FX取引や仮想通貨を扱う業者、非伝統的証券会社など、未知な面が多い分野にも慎重かつ大胆に取り組むのも信用組合としての重要な出番である。

【経営の透明性確保に向けて】

 当信組では、経営の柱として透明性確保を掲げ、その最も大切な手段として、理事会はもとより常勤経営会議についても、詳細に議事録を作成している。そもそも金融は公的事業であり、個々の融資案件を含め説明できない意思決定はあり得ないとの信念に立っている。今後、金融検査があっても、議事録の内容以外に新たな説明を要する要素はない筈である。透明性確保は、ガバナンス面への貢献のみならず、副次的な効果も生む。議事録を全職員で共有しているため、職員は経営・運営方針を単に結果として知るに止まらず、方針決定のプロセスに込められた真の狙いや意味も理解したうえで、日々の業務遂行にあたっている。議事録作成に伴う負担増はあるが、トータルでみれば効果的な組織運営に資するものとなっていると考えている。

【いつまで続くマイナス金利】

 最後に、マイナス金利政策について一言述べたい。マイナス金利政策は、資金需要に繋がることもなく、過度な金利引下げ競争により金融機関の収益悪化を招いただけ、というのが現場の率直な実感である。今や砂上の楼閣と化しつつある2%物価目標だが、さりとて表立った政策転換はマーケットに与えるリスクがあまりに大きい。ここは、伊賀の忍者のごとくステルス(Stealth)に、気が付いたら日本の金融マーケットが正常化されていた、そんな出口の到来は見果てぬ夢ということだろうか。